ジャン・ルノワール
神はディテイルに宿る
別に神がどうこうよりも
きっと映画を美しくする演出っていうのは、フランス貴族将校との最後の会話の後、部屋の隅のスコッチを呑もうとすると、看護婦に呼ばれ、ああ、彼は死んだのだなと知り乍ら、ぐいっと飲み干してベット横に戻るシュトロハイムの、そのスコッチを飲むという行為や、そのシュトロハイムがゼラニウムの花を、城砦に只一つの花と育てていたのに、友情のようなものを感じていた、敵国であるフランスの自分と同じ貴族出身(この貴族、というのが非常に日本でいう武士的)である将校の死に、そのたった一輪の花を切る事や、その時窓の外では雪が降っていた事等、なんだろうなあ。とおもう。この辺のシーンはグッときまくり。
ジャン・ギャバンはこれで最後だとその戦争のことを言ったが、相方のローゼンタールはおまえの幻影だといった。
これが大いなる幻影。その後直ぐに、また二次大戦が始まったことからも、幻影なのは悲しいかな事実だった。なんか、俺自身の記憶を濃くする為に書いているので文章がめちゃくちゃだが、とても映画を観たという気分であった。